雑記+ブックレビュー

書評というほどのものはありません。読んだ本に絡めて、日々思うことなどを書いていこうと思います。

台風の眼

「内向の世代」として分類されることの多い日野啓三の作品です。
がん手術後、投薬治療中の主人公が自らの人生を振り返るという形式の文章で、主人公は完全に著者自らと重なっているものと考えられます。
人生を振り返ると時間は等質的に流れているのではなく、極めて鮮明に記憶が残っている時期とまったく記憶にない部分に分かれています。
記憶に残る時期は外的に見ても大きな事件が起きた場合もあるのですが、一見たわいもない出来事が鮮明に心に焼き付けられる場合もあります。
この世そのものが、世界の窓のようなものを開いてその神秘を明らかにしたように感じられる一瞬は、強く印象に残りいつまでも記憶にとどまります。
著者は現在と過去の思い出を行ったり来たりしながら、この瞬間を回想しつつ人生を振り返ります。

著者の初めての記憶は、庭で遊んでいて正午のサイレンを聞いた瞬間に、突然「地球が丸い」ということを感じたというものでした。
これは彼にとっては世界を自らの手で発見したに等しい大発見であり、「世界が開いた」という誰にも説明できない感覚でした。
これ以外にも、ゴム動力の自作の模型飛行機が飛んでいく瞬間や、学徒動員で工場へ徴用される前の一か月間の下宿先家族との美しい心の触れ合いなどが、生涯忘れることない記憶として刻まれます。
著者は60年間生きているのですが、彼の人格を形成した出来事は実はこれらのごく限られたものだけなのかもしれません。

破局の予感に満ちた戦争の時期、その後住み慣れた京城を追われて父の実家である福山に滞在した時期、食糧不足の中東大で学友と過ごした時期、新聞記者としてベトナム戦争を目の当たりにした時期…それぞれにおいて著者は忘れられない瞬間を持っており、生涯にわたってたびたび思い出すことになります。
そして、その瞬間に挟まれた長い期間についてはほとんど記憶がありません。

これは私の経験とも合致します。
その場その場では、今現在がすべてのように思えるのですが、時がたつとほとんどの事柄は忘れ去られて記憶に残るのはごくわずかです。
これらの記憶も美化されているためか、やや非現実的で神々しく、真偽を怪しみながらももはや当時のことを確かめるすべもありません。
しかしながら、ごくわずかな記憶たちをよりどころにして、人生の中で常に想起しつつ年を取っていくのだと思います。

文章が非常に美しく、ひさびさに読むのがもったいないと感じるような小説でした。
たしかに「内向の世代」らしく、外の世界へ働きかけようという意欲よりも、世の中にあるものをあるがままに受け取ろうという意識が強く感じられます。
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  1. 2017/11/29(水) 07:32:26|
  2. ★★★★★
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