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雑記+ブックレビュー

書評というほどのものはありません。読んだ本に絡めて、日々思うことなどを書いていこうと思います。

祝島のたたかい――上関原発反対運動史

最近、何の予備知識もなく観光目的で祝島を訪れたのですが、いたるところに「原発反対」というペイントや看板が掲げてあるのにとても驚きました。
そもそも、対岸の室津半島に原発建設の計画があること自体初耳だったので、いったい何の原発に反対しているのかすらよくわからなかったのです。
帰宅後に室津半島先端部に建設予定の上関原発に対し、祝島の住民の多くが反対していることを知って興味を持ち、本書を買い求めました。

著者は、祝島の漁協の組合長と反原発組織「愛郷一心会」の会長を長年務めた人物です。
そのため、本書は当然ながら反原発のスタンスで書かれたものです。
しかし、かなり公平で冷静な文章なのでとても読みやすかったです。
(なんども同じことばかり言うようですが、原発賛成にせよ反対にせよこの種の本は感情的で読むに堪えないものが極めて多いのです。)
原発反対運動の初期について書かれた部分を引用します。
確かに、原発推進工作を一切許さないとする姿勢は、島内では十分その目的を達してはいたが、当初のように連日定期船乗り場に島民を動員し、いちいち来島者の詮索をするなど、島外の人から見れば異様で息苦しく、また重い空気を強く感じさせ、島への悪印象を抱く人も多く作ってきたのは事実である。
活動家の側でこういう自己認識ができるというのは、極めて重要だと思います。
右翼、左翼、その他の政治的な立場によらず政治活動している人の多くは、自分が外から見て異様に見えることがあることを全く理解していない、または理解が足りないように感じることが多いのです。
著者が率いる活動も上記のような認識の結果、方針を転換して持久戦に耐える体制が産まれました。

もう一つ、この活動が長期にわたって破たんしていない理由は、外部からの関与が少なかったからだと思います。
学生運動では、活動が外部の左翼活動家に占拠された結果、市民からの支持を急速に失って崩壊した例がありました。
この運動にも外部からの活動家が入りこんではいますが、島民が主体となっているために形を保っているのだと思います。
しかし、祝島も高齢化、過疎化の影響で生え抜きの島民の絶対数が減少しています。
新たに帰島し反対運動へ加わってきた人たちの中には、島社会全体の利益という側面への配慮が欠け、今まで長年にわたって島を守ってきた住民に対する敬意が欠けているのではないか、と思われる傾向も出てきた。
自らの立場なり利害をまず優先させていると感じられるような場面も、垣間見られるようになってきたのである。
要するに、運動の中で新しい危惧として現れてきたのは、個人の自己顕示欲の発露の問題であり、さらに旧来の田舎地域での住民支配構造への反動的回帰志向である。
ここでいう「反動的回帰」は、かつて「田舎ボス」が一般の住民を支配してきたように、新たにやってきた活動家がリーダーとして旧来からの住民を支配しようという傾向を指します。
「個人の自己顕示欲の発露の問題」というのは見事な表現だと思います。
政治活動にはまりこむ人のある割合は、政治活動により達成される目標を見失い、政治活動そのものが目的になることがあります。
(かつて内ゲバに明け暮れた新左翼などがその好例だと思います。)
祝島の古参島民の数が少なくなった時に、外来の野心家に乗っ取られないかが極めて重要なように思いました。

著者は、本来は文章のプロではないはずですが、その割にはとても読みやすいと思います。
今後も今のような活動が続けられるかは、次のリーダー次第なのかもしれません。
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  1. 2017/02/12(日) 21:04:03|
  2. ★★★★
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