雑記+ブックレビュー

書評というほどのものはありません。読んだ本に絡めて、日々思うことなどを書いていこうと思います。

黒人論

古本屋さんの300円均一の棚で見つけたものです。
昭和19年(1944年)、太平洋戦争の末期の発行ということもあり「日本出版配給」なる当時の独占会社が「配給所」として記されています。
私は子供のころに、戦時中には英語を使うことは厳しく禁じられていて、野球などでも「ストライク」とか「アウト」などの単語も日本語に置き換えられたという話を聞いた覚えがあります。
それ以来、当時はみんな日本由来の単語しか使わなかったと思い込んでいたのですが、どうやらそんなことはなかったようです。

本書も、アメリカ人が書いたものであり、アメリカの産業の強さに言及した部分もあります。
タイトルだけからは黒人の人種的な特殊性について述べたものかと思ったのですが、内容は極めて公平でオーソドックスな黒人の歴史についてのものでした。
アフリカ大陸の各地における黒人国家の歴史から始まり、彼らの文化、奴隷貿易による社会の破壊、そしてアメリカにおける黒人差別と解放の歴史など…。
目新しい内容はなく、教科書を読んでいるような気分になるのですがよくまとまっています。

この本もamazonで見つけることができなかったので、国会図書館のページにリンクしておきます。
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001563134-00
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  1. 2018/02/23(金) 22:48:38|
  2. ★★★★
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風景学入門

9年前に読んだ「風景の経験」以外には、あまり「風景」というものを正面から議論した本はみたことがありません。
当時にくらべて最近は、SNSにアップロードするために一般の人々も風景の写真を撮ることが多くなりました。
いろんな媒体で「絶景」ポイントが紹介されていたりするのですが、何をもって「絶景」とするかはなかなか難しい問題だと思います。
本書はたまたま本屋さんで見つけたのですが、1981~82年に書かれたとのことで何か古くからの定説などを知ることができないか興味を持って購入しました。

実際に読み始めると、私の苦手な民藝の話になってちょっと辛かったです。
わざとらしく華美なものはだめ、一方で何も考えずに実用一辺倒なのもだめ、人為を感じさせないような無心の人為により真の美しさが…というような、古典的な精神論もちらほらとちりばめられています。
私の読解力と美術的センスが不足しているのだと思うのですが、昔から私はこのような話になると何を言っているのかが全く理解できないのです。
ロマンチックな懐古趣味のようなものを感じます。

著者は、かつては町中から見ることのできた山々やちょっとした自然が、現在ではゴミゴミとした街に隠れてしまったことを嘆きます。
しかしこれは人口が増えてしまった以上どうしようもないことだと思います。
当時流行の田園都市のような理想を持っているようにも読み取れますが、田園都市そのものは外から見て美しく住むには不便で、かつ自動車が必須のため環境にも優しくないという特徴を持ちます。
本書は風景についてのみ論じているので、風景以外のことは考えないというのも正しい姿勢かもしれませんが…。

総体としては、現代に合致した内容の本ではないと思いました。
かつての思想を知るための歴史書としては役に立つのかもしれません。
  1. 2018/02/17(土) 16:06:50|
  2. ★★★
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温泉療養実話集

1939年(昭14年)刊行の本です。
古本屋さんで見つけて購入しました。
amazonでは見つからなかったので、国会図書館の該当ページにリンクを張りました。
日本温泉協会と、現在のJTBの前身である日本旅行協会(ジャパン・ツーリスト・ビューロー)により編集されたものです。
内容は、全国から募集した温泉による病気の治癒体験談と、それに対応した医者によるコメントにより構成されます。

本書でも比較的多くの割合を割いているのが胃腸病とリューマチ、皮膚病です。
いずれも現代においても長年苦しむ人の多い病気ですが、薬の開発が進んでいなかった当時は西洋医学による改善効果が低く、どうしても温泉に頼る人が多かったのでしょう。
もう一つ、本書で大きく取り上げられているのが「中風」です。
私が子供のころはよく聞いた病名で「ヨイヨイ」などと称したりしたものですが、最近はあまり「中風」という言葉は使われなくなりったようです。
脳血栓、脳出血等により体の一部が不自由になった状態を指して言うのですが、本書では温泉につかることで中風が完治したとの報告もあり信じがたいところです。
信じがたいといえば、ぜんそくや脚気、糖尿病が温泉で治癒したとの報告もあり、ここまで来るとあまりにも真実味が薄いです。
実際に本書に執筆している医者も、これが温泉により治癒したのかどうか定めがたいという旨のコメントを残しています。

本書の中でたびたび現れる単語が「湯あたり」です。
私は湯あたりというのは、単に温泉につかりすぎてのぼせた状態を指すのかと思っていたのですが、これは全くの間違いでした。
温泉療法の初期には、むしろ症状が悪化してから症状が快方に向かうとのことで、この一時的な症状の悪化を「湯あたり」というのだそうです。
白内障の人は温泉療法を初めてしばらくすると全く目が見えなくなりその後視野が開けるとか、皮膚病の人は温泉療法の初期にはむしろ皮膚のかゆみが増してその後悪い部分がかさぶたのようになってはがれて完治するなどの例が示されています。
この「湯あたり」は温泉療法が効果を上げている証拠であり、ここで驚いて治療をやめてしまってはならないのだそうです。
とはいえ、本当にこれを真に受けてしまうと、悪化しているのに温泉療法を続けて手遅れになることもありそうですが…。

旧仮名字体ですが振り仮名が極めて多く、読むのには全く苦労しません。
古本屋さんで見つけたら買ってみるのもよいと思います。
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001639433-00
  1. 2018/02/11(日) 20:03:14|
  2. ★★★★
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帰去来・逆行・饗応夫人・狂言の神・虚構の春・きりぎりす・グッド・バイ・乞食学生・古典風

久々に太宰治の作品を読み始めました。
青空文庫から適当に選んでいるのですが、タイトルを見ただけだと小説なのか随筆なのか、またはその中間に位置するようなものなのかがよくわかりません。
今回読んだ中では「帰去来」が随筆、「狂言の神」「虚構の春」が事実をもとにした創作、「逆行」「饗応夫人」「きりぎりす」「グッド・バイ」「古典風」がほぼ純粋な創作だと思われます。

一番印象に残ったのは、太宰治に届いた手紙を羅列したという形式をとる「虚構の春」です。
事務連絡やファンレター、親類との橋渡し役になっている人物からの苦言、そして友人と思われる文学者からの批評。
本作品の主人公である「太宰治」は、実際の太宰治と同様に故郷の実家と折り合いが悪く、しかも知人に借金を重ねるなど素行もよくないようです。
五所川原で呉服屋を営む山形氏からの手紙には、麻薬や借金漬けの生活を改めるようにという丁重なお願いが記されています。
(「帰去来」のなかで、太宰本人はこの手紙はあくまでも創作であり、山形氏のモデルである中畑氏はこのような手紙を送り付けるような人ではないと釈明しています。)
自分自身の恥ともいえるような事情をここまで公にしてしまうのも作家というのは因果な職業だと思いますが、それだけに凄みを感じます。
そしてそれ以上に印象的なのは、熱狂的なファンからの手紙です。
かなり偏執的な文体で弟子にしてほしいと懇願したり、または精神的に病んでいると思われる人からの長々とした自分語りの文章であったり…。
いまではネットを通じてファンと作家が直接つながることも多くなりましたが、このような手紙を読んでいると引き込まれてしまいそうです。

「帰去来」は、長らく音信を断っていた実家に帰省する話です。
私は太宰の生家である「斜陽館」に行ったことがあるのですが、そこでみた巨大な仏壇が本文に登場していて感慨深かったです。
金木の町は非常に小さく、かつて交通の便が今ほどよくなかった時代においては、世界から取り残されたように感じる場所だったかもしれません。
体面に異常なほどこだわる太宰にとっては、このような狭い世界は性にあわない窮屈な環境だったと思います。

  1. 2018/02/11(日) 19:31:06|
  2. ★★★★
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ロシア文学の旅

1960年に著者がソ連を訪れた経験をもとにして作られた本です。
内容は旅行案内と、それぞれの土地におけるロシアの作家のエピソード、そして作家の記念館の展示物紹介が入り混じっています。
本書を読みながら、私はあまり文学関係の記念館に興味を持ったことがなかったということに気付きました。
作家の生原稿、いつも使っていた日用品、関係者の証言、当時の出版物などが、時にはその作家自身の住んだ家を改装した建物に展示されていたりするのですが、あまり見ていて面白いと思ったことがないのです。
作品とその著者の人格は不可分であるというのはその通りなのでしょうが、それでも私にとっては著者自身は二の次なのでしょう。

本書でもトルストイ、ゴーリキー、レールモントフ、プーシキンなどさまざまな作家が紹介されているのですが、それほど多くを読んだことがあるわけではないので、いまいち実感がわきませんでした。
作家に関する記述だけに集中していればその業績紹介などに説明に紙面を割けたのでしょうが、旅行ガイドのような部分もおおく、結局は両方ともが中途半端な印象です。
「社会思想研究会出版部」なる組織が出版元ですが、政治色はあまり感じられません。
全体的に写真は多いものの内容の薄い、文庫版ソ連案内という印象です。
  1. 2018/02/05(月) 23:54:47|
  2. ★★★
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電子立国日本を育てた男―八木秀次と独創者たち

八木アンテナで有名な八木秀次の伝記です。
古本屋さんに並んでいたのを見つけて購入しました。
本書の内容の真偽については、かなり議論があるようです。
とくに、八木と共同で「八木アンテナ」を発明したとされる宇田新太郎の業績が不当に矮小化され、かつ宇田が八木に「八木アンテナ」発明の成果を独り占めされたと筋違いの恨みを抱く妄執的な人物として描かれている点については、異論があります。
実際、Wikipediaでは「八木アンテナ」は「八木・宇田アンテナ」に転送され、かつ当該の記事では本書の記載が誤っていることが述べられています。
しかし、Wikipediaの記載が、宇田の弟子でありかつ本書の記載が虚偽であるとの広報に熱心な人物によるものであるため、本書の著者の主張とWikipediaの主張がどちらが正しいのか私には判断する材料がありません。
ただ、「取材協力者」の欄には、宇田に限らず本書で悪役として描かれている人物の親族と思われる名前がみられることから、必ずしも取材に応じた人々の期待通りの内容ではなかったと想像されます。

八木の業績については、下記の3つが主に挙げられています。
  • 八木アンテナの発明
  • 阪大物理学科の立ち上げと、湯川秀樹や菊池正士などの育成
  • 江崎玲於奈など、日本で冷遇されていた優秀な研究者に対する権威ある職や賞の推薦
なかでも最も当人が誇りとしていたのは、二つ目の組織立ち上げと育成だったとのことです。
現在の基準から見るとかなり若くから東北大で組織の長として活躍していた八木は、原子モデルを発表したことで有名な長岡半太郎に乞われて大阪大学の立ち上げにかかわりました。
研究者としても有能だったのでしょうが、それ以上に組織づくりのほうが本人の性にあったのかもしれません。

本書では、技術的な詳細内容にはほとんど触れられていません。
学者同士のどろどろした主導権争いや、役人、軍人たちとの利害の対立などが主なテーマです。
特に一線を退いた高齢の学者たちの、地位や名誉、賞に対する執着は、極めて印象的です。
私も職業柄、国の研究機関との付き合いがあるのですが、最後には稼いだカネがものをいう私企業とは全く違った、ある種不毛にも見える権力争いは本当に恐ろしいものがあります。
役人たちが存在感を示すために口を出すことでさらに恐ろしい混乱がうまれるのですが、軍の発言力が強かった当時はさらにひどかったと推測されます。
これは業績が定量化できないことからくるものである種やむを得ないところですが、それにしてもどろどろとした世界ではあります。

先述の通り、本書の内容の真偽は私には判断できません。
しかし、極めて読みやすく、かつ面白いのは事実です。
読み物として割り切ったほうがいいのかもしれません。
  1. 2018/02/03(土) 23:25:45|
  2. ★★★★★
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中世の秋

ホイジンガといえば、「ホモ・ルーデンス」が有名です。
「賢い人」という意味を持つ「ホモ・サピエンス」に対して、「遊ぶ人」という意味を持つ「ホモ・ルーデンス」。
人間と他の動物を分ける特徴として、一見生きるのには直接役に立たないように見える遊びに夢中になるという点に着目したものです。
私自身は「ホモ・ルーデンス」は読んだことがないので、実際にどのようなことが書かれているかは全くわかりません。
しかし、中高生のころに読んだ複数の本で「ホモ・ルーデンス」の単語に出会っていたので、正確な内容を知らないままなのになんとなく理解したつもりになってしまったものです。
(若かった私にとっては、「遊ぶ人」という切り口がとても斬新に思えたため強烈に印象に残ったのだと思います。)

本書は、ホイジンガのもう一つの有名な著作です。
中世の北部ヨーロッパにおける人々の思考様式について詳しく述べたものです。
騎士道に対する過剰なまでのロマンチックなあこがれ、イエスの特定のエピソードへの陶酔と平常時の不真面目な信仰の両立。
全編にわたって共通するのは、現代から見ると非合理なほど感情的、熱狂的になる中世人の姿です。
対象物に対する深い理解を欠いた状態で、特定の目立つ部分だけをつまみ食いのように熱心に想起する中世の人々は、現代において「にわかファン」として煙たがられる集団を連想しました。
競技の内容には興味を持たずスポーツ選手の容姿ばかりに注目したり、著名な賞をとった難解な文学作品に安易に飛びついて消化しきれなかったり、または史実とは異なる逸話で有名な歴史上の人物に憧れたり…。
具体的な引用をちりばめることで、ホイジンガは「中世」というものの空気を再現しようとしたのだと思います。

ただ、個人的にはホイジンガの言っていることに対する根拠がよくつかめませんでした。
述べられているのは大量の資料を消化した結果得られた中世観であり、全くの思い込みのようには見えません。
しかし、それは単にホイジンガの考えに沿った雰囲気を持った文献を抽出しただけではないかとも見えます。
かなり以前にブローデルの「地中海」を読んだ時にも感じたのですが、当時の人々の考え方を断定的に述べるわりにはその根拠が薄いように思えるのです。
ただ、これは定量的な資料に乏しい歴史学の宿命なのかもしれませんが…。

本書の解説文によると
ホイジンガが求めたのは歴史叙述のわかりやすさと読みやすさ
とのことですが、その割には修辞的な文章が多くて読みやすいとは感じられませんでした。
ひとむかし前の歴史書の多くは、文学と学問の境目にあるような印象を受けます。
不必要にわかりづらく、かつ装飾に満ちた文章。
昔からそうなのですが、やはり私にはこの種の本はあまり相性が良くないのかもしれません。
  1. 2018/02/01(木) 23:14:52|
  2. ★★★
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ロンバード街 金融市場の解説

1873年に書かれた本です。
副題に「金融市場の解説」とありますように、とくに中央銀行の基本的な役割について述べられています。
ただし、本書は一般的な金融市場の解説を目指したものではなく、当時のロンドン市場とイングランド銀行に絞った記載がなされています。
教科書的な内容ですが、とても分かりやすいと思います。
まるで大学学部の授業を受けているかのような気持ちになります。

好景気の後の大恐慌は歴史上なんども起きていますが、今後も先進国でこのようなことが起きうるのかが私にはよくわかりません。
リーマンブラザーズの破たんで一時期は大ショックが走りましたが、当初予想されたよりもかなり早期に世界の経済は復活したように思います。
天災は忘れたころに…というように、大恐慌も忘れたころにいつの日かやってくるのでしょうか?
本書を読むと、まだ中央銀行の基本的な業務のやりかたさえ確立されていなかった時代があったことが良くわかります。
それから100年以上経験を積み、各国政府の金融担当者たちの仕事はどの程度安定度を増したのか、興味があります。
当事者たちにとってもなかなか言い難いことかもしれませんが…。

私がこれまで読んだ「日経BPクラシックス」シリーズの中では最も平易な内容でした。
後半の一部だけやや複雑ですが、そこを除けばスラスラ読めると思います。
(あと、本書の中では一切解説がない「手形割引」の概念は理解しておく必要がありますが。)
  1. 2018/01/21(日) 19:47:25|
  2. ★★★★
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田園回帰1%戦略: 地元に人と仕事を取り戻す

数多ある地方創生に関する本の一つです。
この系統の本としては、以前に「地方圏の産業振興と中山間地域」や「限界集落」などを読んだのですが、どちらも著者の気持ちが強く出すぎていて冷静な議論ができていない印象を受けました。
「地方圏の産業振興と中山間地域」では地方(島根県)でうまくいっている企業をいくつか紹介しつつ、地方にもまだ望みがあると強調していたのですが、数値の裏付けがなく極めて根拠が薄弱に見えました。
また、「限界集落」では行政の怠慢を責めるばかりで、なぜそのような状況から抜け出せないかについての考察が全くなされず、いわゆる「床屋政談」のような印象を受けました。
もうちょっと冷静に、現実的に議論している本を探していたのですが、本書はある程度その希望に合致していました。

本書のタイトルの「1%戦略」には二つの意味があります。
ひとつは、「人口1%取り戻しビジョン」です。
これは、現状の人口推移のままだと高齢化率、人口減少率が下げ止まらないような地域であっても、人口の1%程度の住民が新たに移住してくれば劇的に将来の人口構成が改善するというものです。
本書で挙げられている例は、人口572人の島根県山間部の集落です。
今の傾向が続くと30年後には人口が半分以下になると予想されるのですが、子育て中の家族、子供なしの若夫婦、定年後の夫婦が毎年ひと世帯ずつ、合計7人移住してくると仮定すると、人口は500人弱で下げ止まります。
このように、どの程度の人数を他地域から引き寄せることができればよいかという目標値を計算により具体的に定め、それに向かって努力しようというものです。
地方への工場誘致などで一度に大量の人員が移住してきた場合は短期的には人口が増加するのですが、数十年後には彼らは同時に高齢化するために、その地域はゴーストタウン化します。
そうではなく、数は少なくとも定常的に人を増やすことで持続的に地域が発展できるようにしようという考え方です。

もうひとつは「所得の1%取り戻し戦略」です。
これは、地域が消費するお金のうち、域外に支払われているもののうち1%を地域内で消費されるようにすることで、地域の所得を増加させようというものです。
いわゆる地産地消の考え方で、たとえば大量生産できないために広く流通しない農産物を地元で流通できるようにしたり、小規模な水力発電や薪ストーブなどでエネルギーを地元で調達したりというものです。
1%というと効果が低いように見えますが、ちゃんと計算すると1%であっても大きな効果があるということが示されています。

どちらも数値に基づいて効果を定量的に示しており、納得のいく内容でした。
ただ、その難易度については私にはよくわかりません。
本書によると、ここ5年くらいで急速に中国地方の山間部における人口増加率が改善しているとのことなので、それなりに現実味のある数値なのかもしれません。
ただ、巻末に示されていた、「郷の駅」構想はうまくいくのか疑問に思いました。
山間部において必要とされるインフラを一か所に集めて、小さなハブを作ろうというものです。
公共交通機関もハブを起点とすることで路線の本数を減らせるし、一つの機能に対して一人の人間を雇うほどの仕事がなくとも、ハブに多くの機能を持たせることで一人分の仕事を作り出そうという考えです。
ただ、自動車が運転できる人は結局国道沿いの郊外型の店に行ってしまうので、理屈通りにはいかないように思うのですが…。
  1. 2018/01/17(水) 00:09:12|
  2. ★★★★
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人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか

物価上昇率がなかなか政府の目標に達しない理由の一つに、名目賃金が思ったように上がらないということがあるようです。
政府が経済界に対して賃金アップを具体的な数値とともに要求していますが、これは異例の事態です。
本書では、15組の著者により賃金が上がらない(または上がったように見えない)理由について議論されています。

これだけたくさんの著者がいると、普通に思いつくような理由はすべて漏れなく網羅されているといえるでしょう。
著者により着目点は異なっているのですが、編者によりおおまかに論点がまとめられています。
代表的なものを挙げますと、
  • 労働市場の供給変動
    これまで労働市場に参入してこなかった高齢者や女性が働くことにより、人手不足に対するバッファとして働いた。
  • 賃金の下方硬直性が上方硬直性を産み出す
    一度上がった賃金を下げることが困難なために、可能な限り賃金が上がらないような力が働いている。
  • 賃金に対する規制
    急速に求人が増加している介護業界では、診療報酬制度や介護報酬制度により賃金が抑制されている。
  • 就職氷河期世代の賃金停滞
    就職氷河期世代は若年時にOJTを通じた能力開発の機会を奪われたために、現時点で賃金上昇が過去比で停滞している。
いずれも納得のいく内容ですが、とくに最後の就職氷河期に関する記載が興味深かったです。
私はまさに氷河期世代なのですが、幸い私はうまく就職活動を乗り切ることができました。
同世代である程度キャリアを積んだ人が希少なためか、私はどちらかというと転職市場において恩恵を被ったほうです。
私が勤めている会社でも40歳前後の人材が不足していて、常に募集している状態です。
あまりこれまで意識してこなかったのですが、これは裏を返せばキャリア形成から外れてしまった同世代の方々がたくさん存在するということなのですね…。

ややテクニカルな議論や図があるのでこういった議論になれていないとすこし読むのが大変ですが、それでも全体的に理屈だっていて面白いと思いました。
正社員の賃銀は上がっていないにしても、パートタイムの時給は上がりつつあるのでもう少しすればどこかで賃金が上がり始めるのかもしれません。
  1. 2018/01/15(月) 22:02:42|
  2. ★★★★★
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ものづくりの寓話 -フォードからトヨタへ-

私は製造業の会社に勤めています。
日本の製造業の代表格といえばトヨタ自動車で、メーカーに身を置いているとしばしば「トヨタ式○○」という言葉をよく目にします。
最も有名なのはジャストインタイムとかかんばん方式なのですが、それ以外にもトヨタ式カイゼン術、品質管理、工場の整理整頓、挙句の果てにはトヨタ式人心掌握術などというのもあります。
そのほとんどは、トヨタOBが設立したコンサル会社のうたい文句なのですが、当然のように彼らはトヨタ式をよいものであると宣伝したいがために、時にはトヨタ式に従えば何でも解決する魔法のような文言になったりもします。
さらには、業界紙の記者やライターがトヨタ式の宣伝をそのまま記事にすることもあり、これらを読むと極めて嘘っぽく思うことも多々あります。
そのうち、トヨタ式健康法とか、トヨタ式格闘術なんかも出てきかねない雰囲気です。
トヨタに実際に勤めている人は、これらの世にあふれる「トヨタ式」についてどう思っているのでしょうか…。

製造業の特徴としては形のあるものが部品として動き回るために、部品の現物の管理が非常に重要だということがあります。
製品によって部品の点数や複雑さには差があるのですが、この中でも最も複雑なものが自動車です。
(飛行機も同じくらい複雑なのかもしれませんが、飛行機の場合は生産台数や品種の数が限られているために、自動車よりはまだ複雑さが抑えられているのだと思います。)
トヨタが過去最も苦労し、かつ現在では洗練されたシステムを持っているのはこの部品の管理、さらに広くいうと工程の管理にあります。
(少なくとも人心掌握術とかではありません。)
本書では、トヨタがいかにしてこれらのシステムを作り上げていったかが、当初のお手本であったフォード社を含めて論じられています。

フォード社といえばベルトコンベアによる流れ作業というイメージでしたが、本書によるとベルトコンベア自体は付随的なものです。
フォードの大量生産を支えた最も根源的な要素は、部品の標準化でした。
今では同じ品種のネジを使っていれば、あるネジ穴にはきっちり閉めこむことができます。
しかし、かつてはこれは当然のことではなく、ネジとネジ穴の相性を見て、個別にネジを選んだり、やすりがけをしてネジがはまるように微調整をするというのが普通でした。
これは、ネジの設計に対する公差の考え方が普及していなかったことと、ネジを作る機械の精度が低かったことが原因です。
フォード社はこの公差と精度を整備することにより部品同士の互換性を確保することで、部品の点数さえ確保すればどの組み合わせでも部品同士を組み立てることができるようにしました。
いちいちはめ合わせの確認や調整をしなくていいというのは、大量にさまざまな品種の車を製造しようとするにあたっては必須の条件だったのでしょう。

トヨタもフォードの工場に倣って公差の仕組みを取り入れようとはしたのですが、残念ながら当時の日本が持つ工作機械の精度では、公差を満たすような部品が作れなかったようです。
しかも、公差の考え方以前に昔ながらの職人気質の考え方が残り、工作機械の整備はそれを使うものがやるべきものだという考え方が一般的でした。
これは工作機械の公差を定めてその範囲内におさまるなら誰が整備してもOKだという定量的な考え方とは完全に逆行しており、カンとコツに頼った互換性とは無縁の世界でした。
本書の後半はこのないない尽くしの状態からスタートしたトヨタの苦労が描かれています。

私はトヨタの歴史には全く詳しくなかったのですが、戦前や戦後直後の状態を読むとよくこれで世界と勝負できるまで追いついたものだと思います。
私が戦後直後の状態のトヨタに勤めていて、かつフォード車の状態も知っていたとしたら、追いつくことなど思いもよらなかったことでしょう。
豊田家から輩出されたの代々の経営者たちが有能だったことは奇跡的だと思います。
よくある「トヨタ本」のような、トヨタを神格化して魔法のように経営が改善するというようなことは書いておらず、資料に基づいて実態が描かれていると思います。
とても分厚い本ですが、それでも話の流れが明確なので読みとおすのに苦労は感じませんでした。
  1. 2018/01/14(日) 18:33:21|
  2. ★★★★★
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中上健次 電子全集2 『紀州熊野サーガ2 オリュウノオバと中本の一統』

竹原秋幸三部作」に続く、紀州熊野サーガ。
本書には「千年の愉楽」と名付けられた連作シリーズと、長編「奇蹟」が納められています。
熊野の「路地」と呼ばれるかつての家屋密集地(悪く言えば「スラム」に近いもの)に住む中本の血を引く男たちと、彼らのすべてを取り上げた産婆のオリュウを中心とした物語です。
中本の血を継ぐ男たちは、そろって多くの女性を引きよせるのですが、一方でヤクザのような刹那的な生活を歩んだ末に非業の死を遂げる運命にあります。
そのため、作中では中本の血統を「高貴で澱んだ血」と表現されています。

連作「千年の愉楽」では中本の血を持つ若者たちの一生が、それぞれの作品で記されます。
盲目になった末に首をくくるもの、手を出した女の夫に刺されて死ぬもの、この世のものならぬ女性に魅入られた末に水銀を飲んで死ぬもの…。
いずれの人生も中本の血に起因する匂いたつような男ぶりに彩られた華麗なものですが、急速に不吉な色を帯びて突然の死により幕を閉じます。
そしてこれに続く「奇蹟」では、中本の血族の中でも特に光り輝くタイチの一生が、その親分であるトモノオジと産婆のオリュウノオバの目を通して描かれます。
「千年の愉楽」もそれなりの分量を持っているのですが、これが「奇蹟」の単なる前置きだったのではないかと思えるくらいに「奇蹟」は面白い作品です。

かつては路地の裏社会を支配していたトモノオジですが、今はアルコール中毒で精神病院に収容されて廃人同然です。
幻覚の中で魚のクエやイルカに変身しつつ、すでに故人となったオリュウノオバとの会話でタイチの悲劇的な一生が語られます。
現実と妄想を行ったり来たりしながら、路地の神話的で閉塞した世界が重厚な文章でつづられています。
読むのに気力が必要なのは「竹原秋幸三部作」と同じなのですが、「竹原秋幸三部作」がひたすら重苦しかったに比べてこちらのほうがスピード感があり、個人的にはまだ読みやすかったです。
久々に読み終えた後に放心してしまうほど、小説の世界にとらわれてしまいました。
  1. 2018/01/08(月) 22:32:34|
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ペストの記憶

1665年にロンドンをおそったペストの大流行についての物語です。
形式上は完全なるノンフィクションとして書かれていますが、語り手として架空の人物であるH・Fなる人物を立てるなど、一部は創作が混ざっているものと思われます。
それでも、引用されている記録などは実在のものであり、基本的には事実を踏襲していると考えてよさそうです。
これは、完全なるフィクションとして書かれた「ペスト」とは異なる点です。
(著者の思い違いによる誤記などはそれなりに混ざっているようですが。)

今でもエボラ出血熱などといった致死性の伝染病は完全になくなったわけではありません。
しかし、かつてはペスト、結核、天然痘などの多くの病に対してまったく太刀打ちできずに苦しんで死ぬしかなかったことを考えると、現代は本当に恵まれているのでしょう。
(明治時代の日本を舞台とした「時は過ぎゆく」において登場人物が次々と結核に倒れて志半ばで死んでいったことを考えると、20代~50代くらいまではめったなことでは病死しないという現代の特異性が際立ちます。)
本書と同じくペストを題材とした「デカメロン」において登場人物たちが一種捨て鉢な快楽主義を漂わせているのも、いつ死ぬかわからないのだから今を楽しむしかないというあきらめから来ているのだと思います。
本書の登場人物たちはみな、その「死」を目の当たりとして多かれ少なかれ正気を失った状態だったように見えます。

人は一般的に信じたいことを信じてしまうものだと言います。
ロンドンの西の町はずれでペストの流行が始まった時、シティの内部や東側に住んでいる人がペストとは無縁で過ごせるだろうと考えたことは、まったく根拠のないことでした。
そのため、気が付くとペストの流行に巻き込まれてしまい、しかもそうなってから避難しようとしてもどこに行っても受け入れてもらえないという羽目に陥ったのです。
貧しい人々はたくわえがなく避難できなかったのはある程度やむを得ないとしても、本書でもH・Fが述べていたように、全体的にはあまりにも無防備だったと言えるでしょう。

発症してから数時間でなくなることもあるとのことで、さっきまで元気に見えていた人が突然変わり果てた姿となってしまうこともペストの特徴です。
(変わり果てた、というのは視覚的にも浮腫や皮膚の色の変色などで本当に「変わり果ててしまう」ようです。)
そのため、守るべき家族が突然バタバタと死んでいくことにより、精神的に病んでしまい亡くなるケースも多かったそうです。
本当に、少なくとも致死性の伝染病からは無縁の状態で生きている私にとっては想像を絶する世界です。

本書の巻頭にかなり詳しい当時のロンドンの地図が掲載されており、照らし合わせながら読むととても分かりやすいです。
いつ終わるともしれない大流行のさなかに絶望していた人たちが、突然のペスト終息により一転して多幸感に包まれる様子は納得のいく話です。
  1. 2018/01/03(水) 23:37:30|
  2. ★★★★★
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西域への砂漠の道

1926年から1927年にかけて行われた、中国の帰化(現内モンゴル自治区フフホト市)から古城子(現新疆ウイグル自治区奇台県)へのゴビ砂漠横断の旅を記録したものです。
著者のラティモアはもともとは天津に本拠地のある商社に勤めていましたが、当時の商社勤務外国人が現地人と最低限しか接触せずに通訳や召使にすべてを任せるやり方に反発を感じ、現地人と交流するようになったとのことです。
当時は自動車が普及しておらず、輸送はラクダを用いた昔ながらの隊商に依存していました。
ラティモアは商社を退職したのちにこの隊商とともに、4か月以上にわたって道なき砂漠のなかをただ一人の外国人として過ごしました。

似たような時期に新疆ウイグル自治区内を旅した探検家としては「さまよえる湖」のヘディンが有名です。
ヘディンは地理学者としてスウェーデン国家の支援を受けて中央アジアを旅したのですが、ラティモアはそういった学術的な目的ではなくほとんど好奇心だけでこの旅を思い立ったようです。
命の危険も省みず、一日50km以上も踏破するような旅に自らの意志で赴くのは尋常ではないように思います。
そういった人物だけに、当地の専門家たるラクダ引きが不安のあまり正気を失うような状況でも本人は比較的冷静を保っていたようで、旅の終盤で当局の役人に言いがかりのような形で拘留された時も打つ手は打ったあとはのんびりと過ごすほど豪胆だったようです。

とくに印象的なのはラクダの優秀さです。
私はラクダは動物園で見たことがあるくらいであまりよく知らなかったのですが、数日間くらいは物を食べたり水を飲んだりしなくても生き延びるほど乾地に適応した動物であり、まるで砂漠を横断する隊商のために作られたかのような動物でした。
しかしそれほど頑丈なラクダであっても過酷な旅においては何頭かの脱落は避けられず、砂漠の道においてはラクダの死体が頻繁に見られたとのことです。
しかも、隊商の人々に一般的に信じられていた迷信により、死にかけていたラクダにとどめを刺すのは禁忌となっていました。
そのため、動けなくなったラクダは自らの生命力によりそのまま数日間死を待たざるを得ず、ひどいときには吹雪の中置き去りにされたようです。
車や鉄道が発達した現代では、かつてほど家畜としてのラクダの役割は重要ではなくなったようです。

本書では旅そのものの描写よりも、現地の風習や歴史に関する記述に紙面が割かれています。
これは学術的には興味が深いのでしょうが、かなり込み入った内容を明確な注もなしに延々と記載しているために、きわめてわかりづらいです。
また、巻末に地図があるのはよいのですが、しばしば本文と表記が異なっていたりしてあまり役に立たないことが多いです。
資料的価値は高いとおもうのですが、軽く読むにはあまり向いていない本だったように思います。
  1. 2018/01/02(火) 23:47:41|
  2. ★★★
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現代建築の再構築

こちらも古本屋さんで見つけた本です。
約40年前に出版されたもので、それまでの「現代建築」への反省に立って今後どのように「再構築」されていくか、というような内容を期待していたのですが、実際は「現代建築」を振り返るだけの本だったように思います。
約2時間ごとの講演を文章に焼き直したものと、対談が収録されています。
登場する人物のほとんどは大正末期から昭和初期生まれの当時建築界の中枢にいた人々ですが、二つほど明治生まれの「巨匠」へのご意見お伺いインタビューが掲載されています。
どちらのインタビューもかなり難解な内容でとても分かりづらいのですが、どうやら工業化に対抗した手仕事の大切さとか、または歴史を学ぶことの意義などが述べられているようです。

確かに当時の建物に今入ってみると、いろいろと不備が目立ちます。
湿気をコントロールできないコンクリート張りの空間、暑すぎるか寒すぎるかのどちらかしかない空調、画一的で殺風景な外装など…。
かつての一軒一軒をオーダーメイドの大工仕事で作っていた建物と比較すると、そういった住居にすむ側も慣れていなかったこともあり見劣りするように感じたことでしょう。
その結果、「大量生産品は劣る」というような風潮になり、いわゆる「手仕事」が見直される契機になったのだと思います。
しかし、最近建てられた家や施設を見てみると、建材や設備、システム面の改善により快適さは大幅に向上しているように思います。
懐古的な人々はこぞって「大量生産品の欠点」をあげつらい、手仕事の優位性を主張したのですが、実際は大量生産自体に問題があったのではなく、大量生産の技術がまだ未発達だったというだけだったように思います。

本書も、それなりに快適な2017年時点における「現代建築」の中から見てみると、やや的が外れているところが多いように思いました。
その中でも日建設計の林昌二の文章は、芸術ではなくビジネスの世界で長年過ごしてきただけあって現実的な内容に思えました。
  1. 2017/12/31(日) 08:15:32|
  2. ★★
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紀ノ川

古本屋さんで見つけた本です。
私は有吉佐和子について全く何も知らなかったのですが、思ったよりずっと若い世代の人だったので驚きました。
明治末期生まれくらいの人だと勝手に想像していました。

明治、大正、昭和のそれぞれに青春時代を過ごした祖母の花、母の文緒、娘の華子の三世代の女性を描いた物語。
彼女たちの青春時代から子供が生まれ始める時期のみが描かれており、その間の時期は意図的にスキップされています。
おそらくは、嫁と姑や母と子の世代間の衝突を主な題材の一つとしているからだと思われます。
かつては地主として栄えた真谷家は、時代が下るにつれて急速に没落します。
花の時代には大きな名声を誇った長福院の院号も昭和には意味をなさなくなり、華子は大学に通うための費用すら自分で稼がなくてはならなくなります。
その過程で女性としての常識も大きく変化して、世代間で同じ感覚を共有できなくなりました。
とくに大正時代の女性解放運動に傾倒した文緒と花の衝突は強烈で、文緒が見合いを拒否したのちに銀行員と結婚するまでは、和解はほぼ不可能でした。

一方で、初めての子供を無くした後の文緒は性格がやや穏やかになり、若い頃は馬鹿にしていた古い風習やまじないごとも受けいれるようになります。
また、外国で育った華子は花に象徴される日本文化に愛着を持つようになります。
目に見える部分の伝統は失われつつも、根幹部分は共通しているともいえるのかもしれません。
むしろ、「日本古来の」とか言われる風習も実際はそれほど歴史のあるものではなく、実際は変化に変化を重ねたものなのでしょうか。
  1. 2017/12/29(金) 13:54:25|
  2. ★★★★★
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あすの日本海―開発の思想

昭和45年の新潟日報紙面企画連載をまとめたものです。
当然ながら新刊としてはもう絶版となっており、古本屋さんで見つけたものです。
最近自分で気づいたのですが、十年~数十年前に書かれた未来への提言のような本を、古本屋さんで好んで買う傾向にあるようです。
新ニッポン百景」「考えられないことを考える」「むらの日本人」「日本列島その現実シリーズ」など…。
新刊本ですが、「東京一極集中の経済分析」もかなり古い本です。
その本が執筆された当時からみた「未来」から顧みて、書かれていることが妥当であったかどうかの答え合わせを行うという楽しみ方ができるからです。
本書も、同じような読み方ができて面白かったです。

本書の中で小説家の小松左京氏は日本海側の諸都市のことを「ハモニカ長屋」と表現しています。
これは、ハーモニカのように横方向には壁で区切られており、日本海側の都市同士のつながりが非常に薄いさまを言ったものです。
金沢は大阪、富山は名古屋、新潟は東京、山形は仙台といった太平洋側の大都市とつながりが深い割には、金沢―富山―新潟―山形の交通は著しく不便でした。
過密と大気汚染に悩む太平洋側に変わり、上記諸都市に加えてロシアや朝鮮半島沿岸を加えた環日本海文化経済圏というような壮大なスケールの構想がなされていますが、残念ながら2017年末現在ではそのような動きは極めて弱い状況です。
むしろ、北陸新幹線開業に伴い富山~新潟直通の電車が廃止され、上越妙高で乗り換えるか、高速バスを利用するか、場合によっては大宮を経由した方が早いというような状態となってしまいました。
環日本海構想とは真逆の方向に向かっていると言わざるを得ません。

ロシアや北朝鮮との地理的な近さを活かすべきという主張自体は理解しますが、残念ながらどちらも抑圧体制の国家であるという大きな障壁があります。
ある化学メーカーの社長は「カントリーリスクは踏んではいけない」といいましたが、国家体制として何が起きるかわからない状態では、とても安心してつきあっていけません。
ソ連が崩壊してロシアとなりましたが、かつてのスターリン時代の大粛清における官僚機構はそのまま温存されたため、ロシアという国家自体にはまだ大粛清というものがいつ起きても不思議ではないという閉塞感が漂っているように思います。
環日本海文化圏にとっては、対岸のほとんどが民主的でない国家であったというのが不幸なところです。

本書の最後のほうには「雪国改造」と題して、日本海側の経済的不利の大きな要因である雪が扱われています。
あえて雪になじみのない太平洋側出身の識者を集めて検討していますが、やはり日常的に雪害に苦しんでいる住民にとっては浮世離れしたように見えたようです。
彼らは消雪パイプなどでできるだけ雪を無くそうとするのですが、識者たちは「利雪」を唱えます。
しかしその「利雪」の内容が、あえて歩道に雪道を残して歩車分離するとか、太平洋側に雪を運んで水不足解消とか、または雪の中に学校を作ることで勉学に集中できるとか、雪をあまり知らない私から見ても非現実的と言わざるを得ません。
なんとか雪を活かしたいという意欲はわかるのですが…。

昭和40年代は瀬戸内では赤潮が問題となり、かつ各都市は人口増による住宅不足に悩まされていました。
これに対して本書では、日本海側はまだ公害問題が軽微であり、かつ土地には余力があることを強みとしようとしています。
しかし、現段階では水の浄化能力が上がったことにより瀬戸内ではむしろ貧栄養化していますし、人口は恒常的な減少をなんとか食い止めようとしている段階です。
50年ちかくも経つと当然なことですが、時代は変わったものだと思います。
  1. 2017/12/24(日) 16:14:59|
  2. ★★★★
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廃用身

著者の久坂部羊は、私にとっては完全に初見です。
「廃用身」なる言葉は今回初めて知りましたが、二度と動かない腕や足など、もはや機能の回復が見込めない身体の器官のことを指すそうです。
(この用語自体が、本書オリジナルの創作なのか、本当の医学用語なのかはよくわかりませんが。)
本書は、患者の「廃用身」を切除して身軽にさせることで、クオリティオブライフを上げようとする医者の物語です。

意識がなかったり死亡したりした人体は、運搬するのが非常に困難だと聞いたことがあるのですが、確かに廃用身がくっついていると身動きに相当な制約がありそうです。
本書の中には明らかに乙武洋匡さんをモデルとしたような人物が登場しますが、確かに彼を見たときにその体重の軽さは有利だと思ったことはあります。
一方で、廃用身がついていることにより患者の体重が増え、介護する側にとっての負担も極めて大きいということが指摘されます。
結果、「使えない手足は切ってしまったほうが便利」という思想から、主人公の医者は患者の手足を次々を切断していくことになります。

この小説のテーマはたくさんあります。
介護、痴呆症、医療リスク、マスコミ報道…。
その中の一つ「医療リスク」について触れますと、廃用身切除によりほとんどの患者は身軽になり、かつ廃用身への栄養供給が不要になることにより脳が活性化するという効果が得られました。
一方、ごく一部の患者については、術後しばらくしてうつ状態になり、なかには家族を道連れに自殺してしまうものも発生します。
これは手術の影響なのかまたは家族との関係が悪かったためかはわからないのですが、このことが原因で主人公の医者は深い悩みを抱えることになりました。
久坂部羊の他の作品に「破裂」という作品があるのですが、その中では「医者は3人殺して一人前」なる言葉が出てくるそうです。
絶対に安全な治療法などは存在しない中で、リスクをどう考えるか…それぞれの医者の性格にもよるのでしょうが、完璧主義の人にとっては苦しい職業のようにも感じます。

動かない手足を必要ないものと割り切ってよいのかどうかというのは、「親からもらった体を…」という伝統的な倫理観とは反するところもあり、あまり正面切っては取り扱われてこなかったテーマだと思います。
個人的には読んでいて面白かったです。
もちろん、フィクションとして割り切りつつというところではありますが。
  1. 2017/12/23(土) 16:55:37|
  2. ★★★★★
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東京・京都・大阪―よき日古き日

歌人として明治末期から昭和にかけて活躍した吉井勇による、若き日を回顧した随筆集です。
吉井勇は木下杢太郎や石川啄木などと交友が深く、一般における知名度はそれほど高くないですが芸術界では第一級の人物でした。
本書は1954年(昭和29年)の出版ですが、著者がまだ駆け出しの詩人であった明治末期から第二次大戦後までの期間について、様々な人物との交流や芸術作品との出会いについて述べられています。
しかしながら、それらの芸術の多くは詩や狂歌、能、日本舞踊、文楽など、当時と比べて衰退してしまったものばかりです。
まさに古いタイプの文化人による、「よき日古き日」の回顧という様相です。

著者は住まいを転々としているのですが、一時期高知に隠棲していたことがありました。
これは華族出身の妻が不倫サークルの主催者の一人であったという大スキャンダルを起こしてしまい、その結果離婚したことが影響したものです。
本書でも少しだけ高知に住んでいたことは触れられているのですが、さすがにスキャンダルのことは伏せて書かれています。
吉井勇という人物像をある程度知っていたほうが、本書は読んでいてもいろいろ事情が分かって楽しいのだと思います。

私はこの本を古本屋さんで見つけたのですが、失われた街の風情が記されているものだと思って買いました。
しかし、本書のタイトル「東京・京都・大阪」というのはそれぞれの地においてであった人たちという意味であり、それほど街そのものに対する思い入れは感じられませんでした。
(祇園の芸者や花街に関する記述はありますが。)
そして、紹介される人物のほとんどは、私にとっては全く初見の人が多くあまり読んでいてもピンと来なかった印象です。
もう少し芸術に対する素養のある人が読めば、いろいろ思うところはあるのかもしれませんが。
  1. 2017/12/23(土) 16:35:58|
  2. ★★★
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ボーン・フィ・デッド : ジャマイカの裏社会を旅して

ジャマイカについてはほとんど無知の状態です。
ハイレ・セラシエを崇敬するラスタファリ運動、ドレッドヘアとラスタカラーに象徴されるレゲエ文化、そしてガンジャ(大麻)。
私にとってはヒッピー文化と混同している部分が多く、ジャマイカといえばなんとなく、大麻の幻覚の中で愛と平和について語り合うという、やや退廃的なイメージがあります。
しかし、当然ながら大麻などの麻薬にはその市場を取り仕切る裏社会が不可欠であり、血なまぐさい殺し合いがつきものです。
とても、ラブアンドピースなどと言える状況ではありません。

本書の著者はハーバード大を卒業したのちにジャマイカに移り住み、当地のギャングに親しく接することでその実情を知る人物です。
もともとは二大政党PNPとJLPにより操られたギャング同士の抗争から始まりました。
西部劇に影響を受けたジャマイカのスラム住民の一部は、驚くほど安い金銭と引き換えに政治家の手先となって人を殺し始めました。
彼らはジャマイカのレゲエミュージシャンともつながりが深く(というより出自が近く)、本書でもたびたびボブ・マーリーの名前が出てきます。
その後、抗争がエスカレートし、政治家を経由して警察や軍隊もが絡む恐ろしい殺し合いに発展します。
対立するグループとの競争の結果、彼らが売りさばくガンジャの価格も下落し、ますますドラッグが国中に蔓延する結果となりました。

1980年代から、ガンジャに変わってコカインやスピードなどのより依存性が高い薬品が流通します。
ギャングのメンバーたち自らもコカイン中毒となりつつも、場所をニューヨークに移してますます殺し合いが激しくなりました。
結局著者が接触した人物たちのほとんどは殺されるか薬物中毒になるかのいずれかにより亡くなりました。
一方で、二大政党の党首は安寧に引退したのですが、彼らが二人ともジャマイカでは少数派の白人であったことが印象的です。
黒い皮膚・白い仮面」ではフランス領マルチニーク諸島において、肌が白ければ白いほどよいという「漂白への渇望」が描かれていましたが、これと全く一緒の現象がジャマイカでも起きていたのです。
ラスタファリ運動はアフリカ回帰により黒人性を肯定しようというものですが、その反面で黒人に対する自己蔑視は強く、特権階級たる白人政治家により黒人のギャングたちは使い捨てにされてしまう構図となっていました。
今でもジャマイカでは当時の影響が残り、街中には銃があふれ犯罪率が高い状態のままです。
また、ニューヨークではジャマイカ人といえば麻薬というような偏見が広まり、今でも風評被害が広まっています。

女性の著者がこういう世界に単身で飛び込んだのは本当に驚くべきことだと思います。
アメリカ人向けに書かれているので地名などの注釈がなく、現在地点がジャマイカなのかアメリカなのかがよくわからなくなることがありますが、おおむね全体的に文章は読みやすいです。
本書の出版社「Mighty Mules' Bookstore」というのは聞いたことがなく、検索しても出てこないということは倒産か解散してしまったのでしょうか?
絶版になるには惜しい内容だと思いますが…。
  1. 2017/12/16(土) 19:58:52|
  2. ★★★★★
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