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雑記+ブックレビュー

書評というほどのものはありません。読んだ本に絡めて、日々思うことなどを書いていこうと思います。

ペリー提督日本遠征記

伊豆半島の下田に旅行に行ったのですが、当地が開港するきっかけとなったペリー提督にちなんで、博物館やその他観光地が散見されました。
本書の挿絵の複製画がいくつかの博物館で展示されており、興味を持って購入しました。
電子書籍で読んだので途中まで気づかなかったのですが、思いのほか長大な記録でした。
これを1年間で完成させたのは驚きです。

ペリー提督と江戸幕府との交渉が詳細に記録されているのですが、ペリーは自らの要求を通すためには一歩も引かないという方針を貫いたようです。
結果的にはこれが功を奏して、オランダ島が長崎以外での交易を許されなかったのが、下田や函館の開港を勝ち取ることになりました。
ペリー自身は「友人として訪れた」とたびたび主張するのですが、蒸気船と大砲で迫ってくる「友人」というのも物騒な話です。
しかし、ペリー自身が日本人を見る目は比較的公平だったように見えます。
白人至上主義のような考え方に陥ることなく、理解力や町の清潔さ等の優れている点は率直に認めています。

ペリーが日本人に対して持つ感想は、今の我々が当時の日本人を見たら持つであろう感想と非常に近いように思います。
混浴に対して批判的であったり、お歯黒は美しいどころかむしろ醜く思えたり、畳しかない日本の家を殺風景に思ったり…。
逆に日本人がペリーからふるまわれた洋酒を好んだというのも、それはあり得そうなことのように思いました。

冒頭、日本に到着するまでがかなり長いのですが、沖縄にたどり着いて以降は面白いです。
沖縄の亀甲墓に関する記載を見るに、かなり正確な描写がされているようです。
当時は小笠原諸島も日本領として確定していなかったのですが、イギリスやアメリカがいずれも領有権を確保しようとしていたのですね。
よく日本が領有できたものです。
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  1. 2019/06/10(月) 21:11:03|
  2. ★★★★★
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ニクラス・ルーマン入門―社会システム理論とは何か

ニクラス・ルーマンは完全に初見だったのですが、この本の帯に
社会的世界全体の複雑性を捉えるなどということは可能なのだろうか。
と書かれているのを見て興味を持ちました。
この種の万物理論的な話の多くは素粒子論にいきつくことが多いのですが、このような文科系の書物でどのように議論がなされているのかが全く想像がつかなかったのです。

本書によると、この世の中は無数のシステムと環境(システムの外部に当たるもの)とにより構成されているとのことです。
そして、システムには社会システム、生命システム、心理システムなど無数の種類が存在し、それぞれは相互に関係しているものの、その作動はシステム内で閉じているというものです。
そして、この作動によりシステムは常に自己組織化(オートポイエーシス)を継続しており、システムそのものが維持されているのです。
このあたりの議論は、本書を読むと比較的わかりやすく解説されていると思います。
ただ、個人的にはこのように「システム」なる概念を用いることで、なにか理解に対してプラスになるのかどうかがいまいちわかりませんでした。
そして、それ以上に危ういと思ったのが、ルーマンの理論がすべて頭の中だけで作られたものだということです。

かつて50~100年前にはマルクス主義が大流行しており、世の中の碩学がこぞってマルクス主義を研究しました。
しかし、その帰結は個人的には惨憺たるものだと思います。
マルクスによると、資本主義社会からプロレタリアート独裁国家を経て、共産主義が完成するとのことでしたが、今のこの世の中でいつの日か共産主義的なユートピアが来ると信じている人はあまりいないのではないでしょうか?
当代随一の頭脳を持った人たちの多くが信じたマルクス主義であっても、このように間違っていたということは、いかに理論だけで社会を分析するのが困難かを示していると思います。
ルーマンもこのように理論から出発しており、大きな間違いを含んでいる可能性が極めて高いように思いました。

本書自体は「入門」というだけあって、この種の本にしては相当わかりやすいと思います。
(一部「ゼマンティク」などの専門用語が何の注釈もなしに使われているのは、問題だと思います)
あとは、ルーマンのような理論先行の学問スタイルをどう思うかにかかっているような気もしますが…。
  1. 2019/06/04(火) 00:16:18|
  2. ★★★★
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ベスト・ストーリーズ

アメリカで出版されている「ザ・ニューヨーカー」という文芸雑誌に掲載されたものから、未邦訳のものを選んでまとめたものです。
傑作はすでに邦訳されているはずなので、未邦訳ということはつまらない作品ばかりかとも心配したのですが、幸いこれは杞憂に終わりました。
もちろん、私にとっての相性が悪い作品もありましたが、読んでよかったと思える作品のほうが多かったです。
第一巻だとシャーリー・ジャクスンの「世界が闇に包まれたとき」とレベッカ・ウェストの「パルテノペ」、第二巻だとアン・ビーティの「蛇の靴」とマーク・ヘルプリンの「マル・ヌエバ」、第三巻だとアリス・マンローの「流されて」とスティーブン・キングの「プレミアム・ハーモニー」がお気に入りです。
英語は日本語に比べて話者が多いだけあって、名作も多いのでしょうか。
いずれも超一級の短編、中編だと思いました。

あまり私は外国文学に詳しくないのですが、日本の小説に比べて最後に残る空虚さの印象が強いです。
人生にのある時期に失われ二度と戻ってこない過去の感情、その感情はなくても生きるのには問題ないのですが心に穴が残るというような…。
日本の私小説は人生をかけた問いだったりするのですが、本書に収められているのは些末な日常をこなしながら徐々に拡大していく空虚を描いたものが多いように思いました。
  1. 2019/05/26(日) 22:55:34|
  2. ★★★★★
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サラエヴォ・ノート

ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦の最中に、破壊された首都サラエヴォを訪れたスペイン人作家によるレポートです。
当時はセルビア人による民族浄化が報道されながらも、西欧諸国が有効な手立てを打てずにいました。
本書では、おもにセルビア人により攻撃されていたボシュニャク人(イスラム教徒)に同情的な立場で書かれています。

ミロシェヴィッチやカラジッチの名前が繰り返し登場し、彼らが罪を償うことなくさらに横暴を続けることに対して怒りが述べられています。
セルビア人勢力が優勢であった当時は、NATO軍の空爆により情勢が大幅に変わり、ミロシェビッチやカラジッチが人道に対する罪で収監されるなどとは想像もできなかったことでしょう。
描かれているのは、戦時下における虐殺の典型例です。
単に敵を殺すだけではなく、恐怖心を植え付け、嗜虐心を満たすために必要以上の苦しみを与える行為が繰り返し述べられます。
著者は、スーザン・ソンタグと一緒にサラエヴォに滞在していたようですが、このような状況下でもホテルが営業していたのは驚きではあります。
街を歩いているだけで狙撃される危険があるのですが、水道も満足に稼働していないのでポリタンクを持って水の配給を受けなければならない世界。
いまだに当時の後遺症は残っているのですが、それでもサラエヴォがこんなに短期間に復興するというのは驚きです。

戦争終結からまだ30年も経過していないので、まだ当時の記憶を持っている人のほうが多数派なのだと思います。
しかし、あと数十年もしたらこの内戦は急速に忘れられると予想されます。
本書は、もともとはサラエヴォでの非人道的な行為を告発するために書かれたものでした。
しかし今となっては、過去の記憶を残すための本に役割を変えているのでしょう。
  1. 2019/05/22(水) 23:20:46|
  2. ★★★★
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若者企画集団のすごい利益―趣味で儲ける

30代前半くらいまでの若者が立ち上げたベンチャー企業を特集した本です。
とはいえ、40年以上前の1977年発行なので、本書でいう「若者」は団塊の世代に相当します。
本書の「プロローグ」から引用します。
ぼくたちはなにも、オトウサンたちのやってきたことを全面否定しているのではない。
ぼくたちの育ってきた時代をつくってきたのが彼らであることは誰の眼に明白であるし、ぼくたちはそんなオトウサンたちの世代の財産の上に成りたっていることも十分に自覚している。
にもかかわらず、オトウサンたちにはステレオを買えても、ステレオを使って音を楽しむ心において若干の貧しさがあることを見てきてしまった。
また、住宅ローンとか自動車のローンとか、さまざまなローンの返済に追われて苦労する悲しいオトウサンたちの姿を見てきてしまった。
そのことをぼくたちがとやかくいうことはできないし、またすべきことではないだろう。
しかし、ぼくたちは、そんなオトウサンたちの苦労と思いやりを土台に育ってきた結果として、オトウサンたちとは別の生き方を探さざるを得なくなったのだ。
まさに、団塊の世代がその子供世代から言われてきたことでもあり、団塊ジュニア世代もその子供から言われているようなことでもあります。
時代は繰り返し、世代間の断絶は永久に埋まることがないという当然の事実を改めて認識させられます。

本書に掲載されている企業や企画の中には、今となっては大きく成長したものもいくつか見受けられます。
「日本ベリエールアートセンター」はいいちこのポスターで有名ですし、ライブハウスの「ロフト」は「新宿ロフト」として今でも継続しています。
おなじくライブハウスの「拾得」も健在ですし、木工家具の「オークビレッジ」がデザインは様々な賞を受賞してきました。
多くの場合、創始者はまだ健在です。

本書では、これらの若者を「ぼくたちのなかま」と呼び、よそ者である「オトウサン」とは異なった存在として認識しています。
しかし、これらの企業の創始者たちは今となってみてみると、彼らの同世代の人とは異質な部分のほうが多いように思います。
若者の多くは、彼らのような型破りな個性を持った人々にあこがれ自分と同一視するのですが、ほとんどの平凡な人々はむしろ彼らの呼ぶ「オトウサン」に近い存在なのでしょう。
  1. 2019/05/20(月) 17:38:30|
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衰退の法則

長年サラリーマンをやっていて、欧米の企業と日本の企業の違いについて興味を持つようになりました。
たとえば、日本の企業特有の文化として「稟議」というものがあります。
これは企業としての意思決定方法の一つで、権限を持つ複数の人々が書類に印鑑を押すことにより、提案が全員の承認を得たという証拠を残すというものです。
ただし、これは方法論にすぎません。
稟議でも、一人の決裁で済むやり方でも、または会議議事録がそのまま決裁の証拠として残るやり方でも、その根幹に存在する仕事の進め方はあまり変わらないようにも思います。

本書はサブタイトルに「日本企業を蝕むサイレントキラーの正体」とあり、外国企業と日本企業の比較などがあるのかと思ったのですが、実際は日本企業中心の記載でした。
産業再生機構で破綻企業の再生に携わった経験を活かして、日本の破綻企業に共通にみられる特徴を整理したものです。
著者は、破綻企業の特徴として下記のようなものをあげています。
  • 会社としての意思決定においては、ミドル層により多くの関係部署に対する事前調整、根回しの結果、その内容は全員の意見を中和した妥協的なものとなる。
  • 本番の会議において対立することは、良くないこととして注意深く避けられる。
  • 出世にあたっては所属派閥、学閥が非常に重要。主流グループに属していないと出世できない。
  • 幹部の意向を忖度し、上記事前調整能力にたけた人材が次期役員となる。経営能力や、競合他社および客先などの外部への視点に対する優先度は低い。また、人事部門の権限はほぼなく、前任者が後任者を決める。
ただし、一方で優良な企業においても、上記のうち根回しはついてまわります。
本書でもこのことは強く認識されており、優良企業と破綻企業は一見してその性質に見分けがつきづらいと記載されています。
優良企業特有の特徴については、
  • 事実をもとにした厳しい議論を通じて意思決定が行われる。
  • 社内人事部門によるけん制機能が強く、前任者の子分であっても不適当な人材が出世しないように監視している。
という違いがあるとのことです。

おおむね、読んでいて納得のいく内容ですが、個人的には「事実」という言葉に引っ掛かりました。
多くの場合、「事実」は非常にあいまいで何とでも脚色できたりもします。
市場規模の見積もり、製品の原価計算、工場稼働率、良品率等々…。
前提となる条件が異なるだけでかなり大きく値が変わるので、担当者にとって都合の良い数字をはじき出して上層部に示すということはよくあることだと思います。
多くの企業でも程度の差はあれ、幹部の権力は大きいです。
よって、幹部クラスの役員、社員が言うことは、かなり優先度を上げて取り組むこととなります。
一方で、彼らの言うことが的外れであった場合、担当者が幹部に対して正直な報告をあげると余計な仕事が増えるだけなので、事実を隠す方向に傾きます。
破綻企業と優良企業でのこのあたりの違いはあるのかないのか。
私は転職を経験しているのですが、今勤めている会社はこのあたりの事実脚色がひどいように思うのです。
  1. 2019/05/12(日) 21:31:11|
  2. ★★★★
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クロード・ベルナール―現代医学の先駆者

古本屋さんで100円で購入したものです。
クロード・ベルナールについては、群馬県にあるシャムハトプレスという出版社が「クロード・ベルナール」、「クロード・ベルナール文選集―科学の方法についての思索」を相次いで出版したことがありました。
これらの本は面白かったのですが、その後まもなくシャムハトプレスは活動を休止してしまったようで、かつて出版された本も絶版となりました。

クロード・ベルナールはパスツールと同時代に活躍した生化学者です。
とはいっても、当時は生化学という言葉もなく、「生気論」と呼ばれる理論がまじめに信じられていた時代でした。
現代では、生命活動はたえざる化学反応の連続によるものだというのは一般的に知られていますが、かつては生命活動は単なる物理、化学的な作用だけからは説明できないものだと考えることが一般的であり、これを「生気論」と呼んだのです。
ベルナールは人体の内部も外部も同一の法則にしたがった化学により説明できることを実証しようとしました。
本書はベルナールの伝記ですが、当然ながら彼の仕事の多くは動物実験が関連します。
よって、私のような不慣れな人間は読んでいて少し気持ちが悪くなるような気の毒な実験が多く記載されています。
医学の発展のためにはやむを得ないこととはいえ、改めて目の当たりにすると衝撃的です。

内容は、やや専門的で複雑です。
細かな成果の記載はなされているのですが、大局的に見てベルナールの仕事がどういった意味を持つかということを読み取るのは、やや苦労するように思います。
ベルナールの最晩年の健康が悪化したことに対する苦しみの記載が厚く、緩和ケアなどのない時代には多くの人は死に際して本当にひどい苦しみを経験したのだというのを、改めて感じさせられました。
  1. 2019/05/08(水) 21:04:53|
  2. ★★★★
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文学・昭和十年前後

評論家の平野謙による回顧録のようなものです。
平野謙といえば、いわゆる純文学論争で有名です。
純文学と大衆文学の境目がなくなりつつあるというようなことを主張して、いろいろな人から反発を受けてしまったそうです。
正直申し上げて私はこのあたりの経緯について全く無知で、よくわかっていないのですが…。

本書で取り上げられている作家のほとんどは、プロレタリア文学に多少なりとも関連していた人々です。
当時ノンポリの作家がどの程度存在していたのかは私にはわからないのですが、少なくとも平野謙にとっては、文学とプロレタリア思想とは切っても切れない関係を持っていました。
しかし、プロレタリア文学の思想的なよりどころであるマルクス主義は政治による社会変革が最終目的であり、文学はその手段にすぎません。
よって、作家の中でも政治活動に重点を置くものと、作家活動に重点を置くもので分裂してしまいます。
日本共産党書記長を務めた宮本顕治は政治活動に突き進みましたが、一方で「転向作家」と呼ばれた人々は政治よりも文学活動に重点を置くようになったようです。

現在でも文学作品に政治性が皆無だとは言いませんが、イデオロギー的要素は必須ではありません。
よって、作家同士で意見の違いがあったとしても、それは芸術感の違いであり、多くの場合は両立可能です。
一方で、当時の作家の意見対立はイデオロギー対立を意味しており、この場合は異なる意見は両立が不可能となります。
そのため、非常に激しい議論の応酬になったのでしょう。
今と比べて評論家や文芸雑誌の勢いが盛んだったのは、このように先鋭化した議論が活発に行われてきたからのように思います。
それが良いことなのかどうかは疑問ではありますが…。

本書は、当時の文壇の登場人物についてある程度の知識がないと理解が困難なように思います。
私の場合は見たことがない作家の名前が大量に現れたので、ネット等で調べながらなんとかついていこうとした次第です。
(多くの個所で脱落しましたが。)
マルクス主義、共産主義の失敗が明白になってしまった今となっては、兵どもが夢のあとというような印象を受ける文章です。
  1. 2019/05/04(土) 18:55:27|
  2. ★★★
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砂時計

購入する際には気づかなかったのですが、ダニロ・キシュの作品は以前に世界文学全集のシリーズで読んだことがありました。
この時も、キシュの作品は肌に合わなかったのですが、残念ながら9年以上を経た今回も相性が悪いままでした。

本書はキシュの自伝的な作品だそうですが、そもそもあらすじらしきものを見出すだけでも一苦労です。
前衛的な現代詩が延々続くような印象で、いったい何が進行しているのかがさっぱりわかりません。
このような作品を作り出すのは非常に困難なことはよくわかるのですが、だからといってこれに芸術的価値がどの程度あるのかは、残念ながら私の読解力ではよくわかりませんでした。
もっと文学的な素養を持った方なら何かを得ることができるのでしょうが…。

あまりにも難解で、全く理解できないまま作品が終了してしまったという状態でした。
  1. 2019/05/02(木) 22:38:03|
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朝鮮半島 地政学クライシス 激動を読み解く政治経済シナリオ

朝鮮半島に関する本は、原子力発電に関する本と同じくらい中身の吟味が難しいです。
本屋さんにおいてあるうちの半分以上の本が、あまりにも感情的で極端なために読むに値しないものだと思います。
本書は、立ち読みしてみたところ中身が冷静に見えたので購入したものです。
あえて欠点を上げるとしたら、本書の出版が文在寅大統領が就任した直後のことであり、金正恩とトランプが直接会談するなどとは誰もが思っていなかった時期なので、記載内容が今となってはやや的外れに見えることかもしれません。
(当時、朝鮮半島の周辺諸国に関する最大の話題は、アメリカのTHAADが韓国に配備されたことに対する中国の反発でした)

中国人、韓国人、ロシア人などによる文章も掲載されていますが、おおむね公正な見方がなされているように思います。
中国についてはトランプ大統領が、北朝鮮の核封じ込めにより多くの役割を果たすように要求してきました。
これに対して、中国としては大国としての責任と、北朝鮮の封じ込めによる自らの損失を天秤にかけ、最適解を模索してきた様子が描かれています。

中国はかつて韓国と国交を樹立した際に、その代償として北朝鮮からの信用を失ったという過去を持っています。
現在では韓国と北朝鮮それぞれと等距離の外交関係を築こうとしているように見え、特に左派の文在寅大統領が在任している間はこの方針は比較的容易なのだと思います。
ただ、韓国も北朝鮮も外交方針が一貫しない傾向を持っているため、中国としても繊細なハンドリングが必要なのでしょう。

本書の中でも意見が分かれるのは、北朝鮮の核兵器についての取り扱いです。
すでに事実上核保有国となった北朝鮮に対して、核兵器を完全に廃棄することを求めるのは非現実的だとする見方と、あくまでも非核化を大前提として交渉を続けるべきだという見方に分かれます。
前者の場合は制裁をかけ続けることに実りは少なく、後者の場合はあくまでも制裁により核兵器の維持が不可能なところまで追い込む必要があります。
まだ先のことはよくわからないのですが、個人的にはトランプ大統領はこのあたりの交渉が非常に上手なのだと思います。

一方で北朝鮮の経済規模は非常に小さく、経済的な利益のために北朝鮮との国交を求めるのは割に合わなさそうに見えます。
国際制裁と朝鮮社会主義経済」によると開放政策により北朝鮮経済は持ち直したような記載があり、これは本書の内容とも合致しています。
しかし、直近の新聞記事などを見ると制裁による打撃は深刻だとの報道もあります。
おそらくは、制裁による経済の悪化と開放による生産性の向上が相殺しあっていたのが、最近になって制裁の効果がより大きくなったというのだと思います。
もし北朝鮮の体制が民主化されたとしても、アジア最貧国からの脱却は非常に長い時間がかかることでしょう。
  1. 2019/05/01(水) 23:10:40|
  2. ★★★★
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地震予知と噴火予知

東日本大震災後に書かれた本です。
著者は長年、地震と噴火の予知の研究に携わってきた人物です。
阪神淡路大震災と東日本大震災という、日本で大きな被害をもたらした二つの地震に対する予知に失敗した現時点において、地震予知と噴火予知をどのように進めるべきかの提言なども含まれています。

著者によれば、地震については短期予知、つまりは近い未来においていつ頃、どの程度の規模の地震が起きるかを正確に予知することは困難であろうとのことです。
とくに、阪神淡路の震災のような内陸地震では、日本国内のどこでも地震が起きる可能性があり、現在の科学では余地はほぼ不可能なのではないでしょうか。
それなので、短期的な予知だけでなく、中長期的な予知も視野に入れるべきではないかと提言しています。
これは、ある地域において最大でどの程度の地震が起きる可能性があるかを予測することで、施設の防災への備えがどの程度必要かを決めるための材料とするというものです。
もっともな主張ながらも、予知という観点からは恐ろしく後退してしまったように思います。
たとえば、南海トラフ地震が起きると、高知県では最大で30m級の津波が到達する危険があるといわれています。
しかし、常に30m級の津波に対する警戒が必要だとすると、事実上高知県の沿岸部に住むことはできません。
膨大な市街地と集落を放棄せよと言っているのに等しいのです。
現時点でできる範囲のことをするしかないとはいえども、地震の専門家が目的に応じて長期的な予測を行うべきなどというくらいなら、地震予知研究の敗北を宣言したほうがまだ潔いようにも思うのですが…。

本書によれば、噴火予知は地震予知に比べるとまだ精度が高いとのことです。
しかし、本書の後に発生した御岳山の噴火は、私の認識では全く予知できなかったと思っています。
このあたりもまだ極めて不十分なのだと思います。

本書には数式なども含めてそれなりに専門的な議論が記載されており、ざっと読んだだけでは理解が難しい個所もあります。
ただ、それ以上に読んでいて感じたのは、素人にとって最大の興味である、現在進められている研究では何ができるのか?という問いには答えられていないということです。
  1. 2019/04/30(火) 22:53:48|
  2. ★★★
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ホット・ゾーン

副題「エボラ出血熱制圧に命を懸けた人々」とありますが、特にレストン種のエボラ出血熱にかかわる事件について手厚く記載されています。
アメリカワシントンD.C.郊外のレストン市にある、動物実験用のサルを飼育していたモンキーセンターで発生したエボラ出血熱の大流行。
通常、エボラ出血熱は比較的感染力は弱く、ウィルスを含むエアロゾルに接触することで感染するものの空気感染はしないと考えられていました。
しかし、モンキーセンターでは空調ダクトでしかつながっていない複数の部屋で感染が広がり、飼育されていたサルが次々と亡くなっていきます。
軍隊を動員してモンキーセンターのサルを殺処分したのちに判明したのが、幸いだったのがこのレストン種は感染力が強い代わりにヒトが発症しても致命的な影響がなく、発症したことすら気づかないくらいだったことです。
そうでなければアメリカ中が大混乱に陥っていたことでしょう。

現在でもアフリカ中部において定期的にエボラ出血熱が流行しており、数万人レベルの死者が出ています。
とくに地域によっては、外部からの医療措置に対する不信感が強いようで、地元民が治療そのものを拒否したり妨害したりするためにより死者数が増えているという事情もあります。
感染者の血液への接触は非常に危険なのですが、西部アフリカでは死者の体に口づけする習慣があり、これが感染を促進するという一面もあるようです。
体中の組織が崩壊し、最後にはすべての開口部から血を垂れ流して死んでいくという恐ろしい病気ですが、感染力がそれほど強くないのがまだ救いなのでしょうか…。

エボラ出血熱に関する記載は系統的ではないのですが、とても分かりやすい内容でした。
発症してもこれといった治療法がなく、抗体ができるまでなんとか生き延びるように対症療法を行うしかないというのは恐ろしい話です。
変異して世界的な流行にならないよう祈るしかないのですが。
  1. 2019/04/28(日) 23:40:01|
  2. ★★★★★
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谷崎潤一郎フェティシズム小説集

最近はウェブ連載の漫画が増えました。
ウェブ連載ですと、紙連載に比べて少ない読者数でも採算がとれるのか、非常にニッチな漫画が増えたように思います。
今となっては「〇〇フェチ」という言葉は比較的気軽に使われるようになりましたが、谷崎潤一郎が執筆した当時は下手なことを書くと世間から後ろ指をさされかねなかったと推察されます。
このような小説を書くのも、相当勇気が必要だったことでしょう。

本書に収められている小説で扱われるフェティシズムの中で、最も重点的に記載されているのは足についてのものです。
しかし、残念ながら私には他人に踏まれたいとかいう趣味が全くなく、文章として書いてあることは理解できるのですがいまいちその趣味に共感はできませんでした。
「富美子の足」という作人では、父親が若い女に顔面を踏まれつつ死んでいくさまを、その娘が目撃するというシーンがあるのですが、親の恍惚とした表情以上に娘が気の毒でなりませんでした。
また、「憎念」では他人が暴力を受けているさまを見て興奮するという性癖が描かれていますが、こちらもいまいち共感できず…。
作品が優れているかどうかとは別のところで、私にはあまり相性の良くない作品群だったのかもしれません。
  1. 2019/04/28(日) 23:23:30|
  2. ★★★
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東日本大震災からの復旧・復興と国際比較

日本政策投資銀行と福島大学の教員によって分担して作られた本です。
ただ、この中で日本政策投資銀行によって書かれた章は、読むに値しないくらいの質だと思います。
どこかから引っ張ってきた統計資料の内容をそのまま文章にしているだけである上に、中身にも明らかな間違いが多く、まともに遂行しているのかすら怪しいです。
最終章は「東北の復興に向けて」との題名がついていますが、当たり前でありながらも抽象的な提言が並んでおり、完全なる他人事です。
「××することが重要である」とか「△△が期待される」という文末は、東京にいながら上からの目線でものをいう評論家そのものだと思いました。

一方で、福島大学の教員が書いた文章は、世界各地の災害からの復旧について述べたものです。
いずれも単体としてみると面白い内容も含んでいるのですが、東日本大震災に関係するとは思えない内容も多く、単なる寄せ集めのようにも見えます。
日本政策投資銀行の文章に比べるとはるかにまともだと思うのですが、それでもこれを「東日本大震災からの復旧・復興と国際比較」という題名の本として売り出すのはいかがなものかとも思います。
2014年出版で、震災そのものをまだ消化できていない段階だったのかもしれませんが、今となってはわざわざこの本を読む意義は見当たらないように思いました。
  1. 2019/04/24(水) 21:33:38|
  2. ★★
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ラビ・エリシャの遍歴

紀元二世紀ごろのユダヤ世界を舞台とした歴史小説です。
主人公のエリシャは、若くしてサンヘドリン(ユダヤ教自治組織の最高決定機関)メンバーとして選ばれた、学識豊かなユダヤ教徒でした。
しかし、罪もない子供が病で亡くなったり、戦争により神殿が破壊されたりというこの世の不条理を目にして、神の存在を信じることができなくなります。
神を捨てきれないエリシャは、すべてを厳密な証明により体系づけるユークリッドの幾何学を知り、ユダヤ教の神の存在も同様の方法で完全に証明しようと試みることとしました。
ユダヤ教のコミュニティにとってはギリシャ哲学は異端の教えであり、ギリシャの思想を学ぼうとするエリシャは破門され、国を捨てる以外の選択肢はありませんでした。
人生のすべてを犠牲にして神の存在を基礎づけようとしたエリシャの試みは、ユークリッド幾何学も結局のところ「公理」を無前提に受け入れるところからスタートしなければならないという点で挫折を強いられます。
神を無前提に受け入れることを拒否してギリシャ哲学に救いを求めたのですが、ギリシャ哲学もその思考の最も基本的な部分は無前提に受け入れるしかなかったのです。

本書の著者はユダヤ教のラビなのですが、だからといってユダヤ教をことさらに持ち上げるような内容ではありません。
日本人である私にとってはローマ帝国支配下のユダヤ世界は遠い世界なのですが、文章が平易なので混乱することなく読めました。
宗教的意義はともかくとしても、普通のエンタメ歴史小説としても面白い物語だと思います。
  1. 2019/04/16(火) 22:14:10|
  2. ★★★★★
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未開人の世界・精神病者の世界

古本屋で見つけたものです。
今となっては絶対に復刊できないような内容だと思います。
ただ、使われている単語以外にはそれほど差別的な内容は含まれていません。
未開の人々の生物として生まれつき備わった理性は西洋白人と大差ないが、彼らの育った文化的背景のために常識が大きく異なっているということを示したものです。
たとえば、ある男が、犬が鳴く声がうるさいといって犬を殺したとします。
その場合、西洋白人にとっては、犬が鳴いたことが原因であり、男が犬を殺したのが結果です。
しかし、未開人は犬が鳴いた理由は自分が殺される未来を予知したからだと考えます。
よって、犬が鳴いたのは結果にすぎず、その原因は犬が殺される運命にあったためなのです。
因果の順番が逆転していますが、これは我々の常識にとってそう感じられるだけであり、未開の人々にとっては何ら不思議なことではない、とのことです。
さらに重要なのは、このようにもともとの常識そのものが異なっているのだから、未開人の考え方を知るのに「我々ならこう考える」というやり方をとるのではなく、徹底的に彼らの思考様式を観察することで客観的事実を見出す必要があるということです。

そして、著者は精神病者に対しても、同じことを主張します。
精神病者の訴えを徹底的に観察し、その法則を見出すことで精神病の本質を明らかにすることができると、著者は主張します。
ただし、本書の文章はそれなりに複雑であり、私にとっては著者の主張が非常に曖昧模糊として見えました。
原則論に関する箇所が多く、実例があまりにも少ないのです。
そして、本書のタイトルからは未開人の思考様式と精神病者の思考様式を関連させているかのように見えるのですが、実際は完全に別個に議論されています。
当時としてはこの客観的な観察というのは新しい考え方だったのかもしれませんが、今となっては当然のようにも思えます。
  1. 2019/04/14(日) 22:04:32|
  2. ★★★
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中国のプロパガンダ芸術―毛沢東様式に見る革命の記憶

2000年に出版された本です。
当時から20年近く経過しているので、特に直近の中国についての記載はありません。
しかし、基本的には本書のサブタイトルにもありますように、毛沢東についてのプロパガンダ芸術が中身の多くを占めているので特に問題は感じませんでした。

かなり以前に見た「中国女」という映画で、「マオの歌」というものがつかわれていました。
リズミカルな曲に乗せて「マオ!マオ!」という歌が流れるというもので、コメディとしてとても面白かったのを覚えています。
しかし、当時の私は毛沢東に関して何もわかっていなかったということに、本書を読んで気づきました。
本書では、毛沢東が神格化され、宗教ともいえる毛沢東主義が中国全体を覆いつくしたことが述べられています。
毛沢東語録は、いわば聖書のような扱いです。
だれもが毛沢東語録を持ち、それを暗記することが望まれます。
毛沢東の肖像は、戦前の日本における天皇の肖像画と同じ扱いを受けており、いたるところにばらまかれ、それを破損したり汚したりすることは最大の不敬とみられました。
完全に狂気の世界であり、「中国女」において赤い本(毛沢東語録)を持ちながら歌っていた役者の姿は、現実に極めて近いものだったのです。

私はこれまで、中国のこういったプロパガンダ芸術について全く知らなかったので、本書はとても新鮮に感じました。
毛沢東死後、彼の姿がキッチュアートとして消費されるさまも面白かったです。
日本でも一部には天皇の姿がキッチュアートとなった例もありますが、まだ毛沢東ほどには権威が低下していないのでしょう。
  1. 2019/04/07(日) 23:41:35|
  2. ★★★★★
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ロブスター岩礁の燈台

新刊本屋にて、自由価格本として売られていたのを購入しました。
伝説の「風のうしろの幸せの島」を探し求める若い作家が、立ち寄った町で帆布工房の親方から一週間にわたって毎日話を聞き、島についての真実にたどり着くという話です。
親方の話には、灯台守とかもめ、水の精、故郷から逃げてきた老婦人、ポルターガイストなどが登場しますが、彼らはこぞって自慢の面白い話や詩を披露します。

水の精は老婦人の乗ったボートを面白半分に転覆させて老婦人を殺そうとするなどやや物騒ですが、基本的に登場人物には悪人はいません。
ポルターガイストも水の精も、民話に出てくる妖怪にありがちな迷惑さはもっていますが…。
登場人物の語る話によって物語が進行するという今となってはあまりみないスタイルは、千夜一夜物語を思い出させます。
この物語は児童文学とのことで、確かにかすかにファンタジーの雰囲気が漂う話ではありますが、小学生にはやや難しいかもしれません。
ちょっと中途半端な印象を受けました。
大人が読んでもそれなりには面白いのですが…。
  1. 2019/04/01(月) 21:32:03|
  2. ★★★★
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正規の世界・非正規の世界――現代日本労働経済学の基本問題

私の勤めている会社でも、昔からいる事務員さんは正社員なのですが、最近雇用される事務員さんはみなさん派遣の方です。
実際に周囲に派遣社員の方を見かけることは確実に増えており、このことが社会において格差の拡大を助長しているとよく言われます。
確かに、派遣で来ていただいている事務員さんは、すでに結婚していて主たる収入減がその配偶者であったり、または未婚の場合は独立した世帯を形成していないことが多いように見えます。
しかし、本当に日本社会において格差が拡大しているのかどうかについて、定量的なデータは意外と少ないように思います。

本書では、ここ数十年の日本の労働市場の変化を定量的に解析されています。
あとがきには
本書は、筆者の大学院在学以来のおよそ二十年間の研究をまとめたもの
と記されているだけあって、内容は極めて広く、深いです。
法律、制度、そして数式処理を伴う統計についての専門的な記載が多く、私のような素人が一読してすぐに理解できるレベルを大幅に超えています。
(とくに、図表の見方を理解するのに非常に苦労しました)
しかし、結論だけを知りたいのであれば、その内容は端的に記されています。
代表的なものを下記に示します。
  • 労働者全体としてみると、年功型の賃金体系は基本的には維持され続けている
  • 労働者全体に占める正規雇用の割合は大きく変わっていない
  • 非正規雇用の増加は正規雇用からの流入ではなく、むしろ自営業者の減少に対応している
  • 男性については賃金格差が拡大したが、一方で女性の賃金が向上したために全体としての賃金格差は縮小傾向にある
  • 男性の賃金格差の拡大は、属性間(学歴、年齢等)による格差ではなく、所属する企業間の格差拡大による寄与が大きい
  • 旧来の自営業者の収入は現在の正規労働者と非正規労働者の間くらいに位置しており、決して高くはない
いずれも、文章として示されるとある程度納得のいく内容ながらも、いままであまり気づかれてこなかったと思います。
自営業者の減少と非正規労働者の増加が対になっているということは、企業に対しての労働力供給源として、かつての自営業者が作用していたことを意味します。
一方で、自営業者はすでに低い割合にまで減少しており、これ以上の大幅な自営業からの供給は望むべくもありません。
このあたりからも、今後の人手不足は確実視されることだと思いました。
(本書では
とはいえ、自営業セクターの枯渇と人手不足を直に結び付ける考え方はそれほど魅力的ではない。
かつて日本経済がたどった道筋を遡ると、節目節目で人手不足が喧伝される時代があり、私たちは2000年以降になって初めて人手不足を経験するわけではないからである。
と、短絡的な結びつけに対してくぎを刺してはいますが。)

労働関連の行政や政治にかかわる方々は、ぜひ読んだほうが良い本だと思います。
繰り返しになりますが、内容は難解です。
しかし、明確でもあります。
本当は、著者の講義でも受講することができるともっとよいのでしょうが…。
  1. 2019/03/31(日) 22:01:55|
  2. ★★★★★
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されど、海 存亡のオホーツク

1995年出版の本です。
著者は、水俣病患者についてのドキュメンタリーで有名な映画監督。
きっかけは、ロシア人の映画監督が北方領土に関する映画を日露合作で作りたいという構想を持っていたことから、日本人プロデューサーから著者に連絡があったというものです。
結局、ロシアと日本の通信状態が悪くうまく連絡が取れなかったため、構想をすり合わせることが困難であったために共同制作の話は頓挫しました。
しかし、共同制作の検討の過程で始まったオホーツク海沿岸の人々への取材により、著者は独自の映像化への意欲を高めることとなりました。
本書は、その取材の記録です。

当時はソ連崩壊の影響が強く、ロシア全体がまだ混乱状態にありました。
そのような中、ロシアには辺境地である極東、さらにはサハリンやクリル諸島(北方領土)に対する目配りを行う余裕はありませんでした。
北方領土に住むロシア人たちの間でもかつて日本人と一緒に暮らした戦前の記憶が残っており、北方領土を日本に吸収合併してもらったほうがよいのではないかという意見もあったようです。
ロシアが軍事的、資源的な面から北方領土を重要視するようになった現在では考えられません。
しかも、今となっては北方領土に住む人の多くは、北方領土で生まれ育った人たちであり、万一日本に北方領土が返還されてしまったとしたら帰る故郷がなくなることにもなります。
当面は北方領土の日本への返還はほぼあり得ないことだと思います。

一方で、当時のロシアとしては日本と経済協力を行いオホーツク海沿岸の漁業を近代化させたいという希望もありました。
当時のサハリンでは、戦前に日本が設置した設備がまだそのまま使われているような状態だったのです。
日本企業も進出してロシア側と合弁会社を作ったりしたのですが、高価な機械を据え付けてもメンテナンスがままならず、こちらもうまくいっていない様子が述べられています。
かつてのハコもの行政と同じで、設備投資にかかるコストは認識されやすいものの、その後の維持管理へのコストは無視された結果なのでしょう。

本書では、北方領土周辺での密漁や乱獲についても取り上げられています。
北方領土周辺の海域は日本、ロシア双方が自国の領海であると主張しており、取り締まりが不十分なことから密漁が横行することになりました。
ロシアでは各企業に対して漁獲量が割り当てられており、それ以上の量の海洋資源の採取は禁じられていました。
そのため、日本の密猟者とロシア側の漁業従事者が連携して、ロシア人が獲った魚の一部を日本人に横流しするなどといったこともあったようです。
今でもそうなのですが、このような国境付近の漁にはヤクザやマフィアの関与がつきものです。
最近でもちらほらと日本の漁船がロシアに拿捕されたという話を聞きますが、今でもこれは裏社会との関連があることなのでしょうか…。

著者は映画監督であり専門の文筆家ではないはずですが、文章自体は読みやすくてわかりやすいです。
カメラの日付設定を解除していなかったため、掲載されている写真の多くに日付が記載されていて、書籍の形となることを当初は想定していなかったのかなと思いました。
この取材の成果はETV特集としてNHK教育で2夜連続で放映されたようですが、今となっては一般人が気軽に見ることができない状態です。
映像作品は書籍に比べて、情報のモバイル性に乏しいのが大きな欠点だと思います。
  1. 2019/03/24(日) 22:38:18|
  2. ★★★★★
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